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広島地方裁判所呉支部 昭和43年(ワ)48号 判決 1973年5月21日

原告

藤本百合子

ほか四名

被告

光和建設株式会社

ほか一名

主文

一  被告前田範男は、原告藤本百合子に対して金一五〇万円、同藤本美登里に対して金一八〇万円、同藤本真由美に対して金四五万円、同藤本敞己に対して金四〇九万三、二一八円、同藤本礼子に対して金一〇〇万円、およびこれらに対する昭和四三年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告前田範男に対するその余の請求および被告光和建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告前田範男の間に生じたものはこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告前田範男の負担とし、原告らと被告光和建設株式会社との間に生じたものは全部原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(原告ら)

一  被告らは連帯して、原告藤本百合子(以下百合子という)、同藤本美登里(以下美登里という)、同藤本真由美(以下真由美という)に対し各金二〇〇万円、原告藤本敞己(以下敞己という)に対して金一、八五二万六、七五六円、原告藤本礼子(以下礼子という)に対し金一、五八〇万六、〇〇〇円、および右各金員に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  本件事故当時、敞己は呉市内で塗装業を営むもの、礼子はその妻、百合子は長女で高校卒業後、大学受験のため予備校に通学中のもの、美登里は次女で高校二年在学中のもの、真由美は三女で中学一年在学中のもの、被告光和建設株式会社(以下被告会社という)は電話通信工事を業とするもの、被告前田範男(以下前田という)は被告会社の呉市焼山現場事務所に勤務していたものである。

二  昭和四二年一〇月二六日午後一一時過ぎごろ、敞己が運転する普通乗用自動車(以下原告車という)に原告ら全員が乗つて、呉市今西通一〇丁目交差点を南方から北方へ向け進行中、東方より同交差点に進入してきた前田が運転する普通貨物乗用自動車(以下被告車という)が原告車の右側面に衝突し、よつて原告らは後記損害を被つた。

三  前田の責任について

右事故は前田の過失による。すなわち、同人は酒に酔つて被告車を運転し、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で前記交差点に進入したところ、その前方を北方から南方へ進行する自動車に気を奪われ、折柄交差点内を北進中の原告車に気がつかず、原告車の右側面に被告車前部を激突させた。

四  被告会社の責任について

(一) 民法七一五条一項の責任

本件事故当時、前田は被告車を運転して被告会社で働らく作業員らを呉市内中央部へ送り帰した後、市内のスタンドバーで飲酒してから再び被告会社の焼山現場事務所へ戻る途中であつた。

従つて被告会社は、民法七一五条一項本文により前田が同会社の事業の執行につき原告らに加えた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 自動車損害賠償保障法三条の責任

被告会社は、被告車の運行供用者である。すなわち、被告会社は被告車を実質的に所有している。仮に右の点が認められないとしても、被告会社は従業員の自家用車を被告会社の業務連絡用に利用、運転させ、また燃料を被告会社の負担において支給している。

従つて被告会社は自動車損害賠償保障法三条により原告らが本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

五  原告らの損害

(一) 百合子

顔面挫傷、右足裂傷、右腕骨脱臼、胸部打撲、鞭打症、骨盤複雑骨折等の傷害を負い、入院中。慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

(二) 美登里

骨盤複雑骨折、左鎖骨骨折、ケイ骨のズレ等により、脳圧高く頭痛激しく、入院中。慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

(三) 真由美

後頭部、手足等打撲により通院中。慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

(四) 敞己

頸部、後頭部打撲により、脳圧等は常人の半値となり、歩行時にしばしば倒れる。

1 治療費 原告らの入院治療費ならびに入院諸雑費計三五万五、九五六円

2 休業損害、本件事故当時、敞己、礼子は従業員六名を使用して塗装業を営み、毎月約一八万円の純益を得ていたが、事故時より昭和四四年五月二六日まで一九か月間休業のやむなきに至つたので、計三四二万円の損害を被つた。よつて敞己は右金額の二分の一である一七一万円の損害を被つた。

3 逸失利益 敞己は、労災八級の頭部外傷後遺症により、神経系統の機能に著しい障害を残し、労働能力喪失率は三分の二とみられるので、昭和四四年五月二七日以降平均余命の範囲内で二七年を稼働年数とすると(事故時三八才)、ホフマン方式により、敞己の前記事業上の逸失利益は一、二〇九万六、〇〇〇円となる。

4 慰藉料 本件事故のため塗装業も倒産するに至つた事情をも考慮に入れ、慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

5 自動車 原告車(日野コンテツサ、昭和四一年一〇月購入したもので、本件事故当時の残存価格金五五万四、八〇〇円)はスクラツプ化し、金二万円で売却したので、金五三万四、八〇〇円の損害を被つた。

6 盆栽等 敞己は、本件事故当時、サボテン二〇〇種鯉一八〇匹を趣味として栽培、飼育していたが、本件事故によりそのすべてを失つた。これによつてサボテンにつき金一一万円、鯉につき金七二万円の損害を被つた。

7 弁護士費用 金一〇〇万円を支払う約束をした。

(五) 礼子

1 休業損害 敞己と同じ理由により、塗装業を休んだことにより被つた金一七一万円の損害。

2 逸失利益 労災一二級の後遺症により、労働能力喪失率は三分の二。本件事故当時三七才であつたから、敞己と同じ計算方法により前記事業上得べかりし金一、二〇九万六、〇〇〇円の損害。

3 慰藉料 鞭打症、胸部、両膝打撲、右もも捻挫等により通院中。慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

六  よつて、被告らは連帯して、百合子、美登里、真由美に対し、いずれも慰藉料として各金二〇〇万円、敞己に対し前記損害額の合計金一、八五二万六、七五六円、礼子に対し、同じく合計金一、五八〇万六、〇〇〇円、および右各金員に対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

(被告らの答弁)

一  請求原因第一項ないし第三項は損害の点を除きこれを認める。

二  請求原因第四項はすべて否認する。

前田は、当夜午後九時ころ、被告会社の下請業者信和通信土木株式会社の従業員で、呉市焼山町の飯場に居住していた二名とともに呉市中央部へ遊びに行き、三人で飲酒した後、連れと別れ、前田が被告車にバーホステスを同乗させて二河峡公園へ遊びに行く途中、本件事故を起こしたものである。従つて被告車の運転と被告会社の業務とは何の関係もない。

また、被告車は前田が個人的に所有するものである。

三  請求原因第五項はすべて不知。

(被告らの抗弁)

一  過失相殺

敞己は本件事故当時原告車を運転中交差点における徐行義務を怠り、相当速い速度で進行していた過失がある。

二  弁済

前田は、敞己に対して、本件事故による損害賠償の一部として、八回にわたり計三一万円を支払つた。

(原告らの答弁)

一  抗弁第一項は否認する。

原告車は、交差点内を時速三〇キロメートル位で進行していた。

二  抗弁第二項のうち、金二八万円を受取つたことは認める。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  敞己は呉市内で塗装業を営むもの、礼子はその妻、百合子は長女で高校卒業後、大学受験のため予備校に通学中のもの、美登里は次女で高校二年在学中のもの、真由美は三女で中学一年在学中のもの、被告会社は電話通信工事を業とするもの、前田は被告会社の呉市焼山現場事務所に勤務していたものである(いずれも昭和四二年一〇月当時)ことは当事者間に争いがない。

二  事故の発生

昭和四二年一〇月二六日午後一一時過ぎころ、敞己が運転する原告車に原告ら全員が乗つて、呉市今西通一〇丁目交差点を南方から北方へ向け進行中、東方より同交差点に進入してきた前田が運転する被告車が原告車の右側面に衝突したことは当事者間に争いがない。

三  前田の責任について

前田は、本件事故当時、酒に酔つて被告車を運転し、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で前記交差点に進入したところ、前方を北方から南方へ進行する自動車に気を奪われ、折柄交差点内を北進中の原告車に気がつかず、原告車の右側面に被告車前部を激突させたものであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、前田は不法行為者として、原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償しなければならない。

四  被告会社の責任について

(一)  使用者責任について

原告らは、前田は本件事故当時、被告会社の業務として、被告車を運転して作業員らを呉市内中央部へ送り帰した帰途であつたから、被告会社は前田の使用者として民法七一五条一項の責任を負うと主張する。

そこで検討するに、〔証拠略〕によれば、本件事故当日、前田は勤務終了後、被告会社の下請会社である新和通信土木有限会社の従業員で呉市焼山町の飯場に居住していた松山勇荘、北受尚を後述のとおり前田所有の被告車に同乗させ、前田が運転して呉市内に遊びに行き、三人で同市内のスタンドバーで飲酒した後、右松山、北受と別れ、ホステスを被告車に同乗させて走行中本件事故を惹起したものであることが認められる。

よつて、本件事故は、前田が被告会社の業務と関係なく、もつぱら私用で自己所有の車を運転していた際起こしたものであるから、被告会社が前田の使用者として、民法七一五条一項の責任を負うとの原告らの主張は理由がない。

(二)  運行供用者責任について

原告らは、被告会社は被告車の実質的な所有者であると主張するので、この点を検討する。

〔証拠略〕によれば、被告車は、もと田村良二の所有であつたものを、同人が中国いすずモーター株式会社に売却し、これを前田が同会社から買つたものであることが認められ、被告会社が被告車を実質的に所有していたことを認めるに足る証拠はない。

さらに、原告らは、被告会社は被告車を被告会社の業務連絡用に利用、運転させ、また燃料を被告会社の負担において支給していたから、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者としての責任を負うと主張する。

そこで案ずるに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。前田は、本件事故当時、被告会社の焼山現場事務所に居住して、現場の見回り、連絡等の業務に従事していた。昭和四二年七月ころに前田が被告車を購入するまでは、下請会社の車に便乗したり、被告会社の自動二輪車、自転車を使用して現場の見回り等にあたつていたが、被告車を購入して以後は、主として被告車を利用していた。また、被告会社は、工事長に対しては、自家用車の燃料費を会社において負担するため工事長にガソリンチケツトを支給する慣行があり、焼山中継線工事の工事長である田村良二に対してもガソリンチケツトを支給していたところ、右田村が部下である前田に対してガソリンチケツトの一部を譲渡し、前田は右ガソリンチケットを使用して、呉市焼山町上野石油店において被告車に燃料を給油し、被告会社は右石油店からの請求によつてガソリン代を支払つていた。

以上認定の事実によると、前田は、自己所有の被告車を現場見回りなどの被告会社の業務に使用していたものであり、かつ現場の上司である田村工事長は、すくなくとも右事実を認めてその燃料費を被告会社の負担において支払う手続をしていたものであるから、被告会社は、前田が被告車を前記業務のために使用している限度において、競合的にその運行供用者であるといえないこともないが、本件事故は前述のとおり前田がもつぱら私用で自己所有の車を運転中起こしたものであるから、被告会社としてはこれにつき運行供用者としての責任を負うべきいわれがない。

(三)  よつて、被告会社は、本件事故について、原告らに対して何ら責任を負わない。

五  原告らの損害

(一)  百合子

〔証拠略〕によれば、百合子は、本件事故によつて骨盤骨折、右肩関節脱臼、上膊骨骨折、顔面挫創、左下腿挫創、三叉神経痛の傷害を負い、昭和四二年一〇月二六日から同四三年三月二二日まで一四九日間入院し、同月二三日から同年四月六日まで通院(実通院日数九日)して治療を受け、労災一〇級の後遺症を遺すこと、右骨盤骨折のため将来自然分娩は極めて困難と診断されていることなどが認められるので、これに対する慰藉料は金一五〇万円が相当である。

(二)  美登里

〔証拠略〕によれば、美登里は、本件事故によつて、骨盤骨折、左鎖骨骨折、頸椎捻挫の傷害を負い、昭和四二年一〇月二六日から同四三年六月四日まで二二三日間入院し、同月五日から同年七月一六日まで通院(実通院日数二五日)して治療を受け、労災一〇級の後遺症を遺すこと、右入院中、生命は取止めたが、重篤状態にあつたこと、百合子と同じく骨盤骨折のため将来自然分娩は困難と診断されていることなどが認められるので、これに対する慰藉料は金一八〇万円が相当である。

(三)  真由美

〔証拠略〕によれば、真由美は、本件事故によつて頭部挫傷、頸椎捻挫、左下腿足背打撲擦過傷の傷害を負い、昭和四二年一〇月二六日から同四三年一月八日まで七五日間入院して治療を受け、労災一四級の後遺症を遺すことなどが認められるので、これに対する慰藉料は金四五万円が相当である。

(四)  敞己

1  治療費等

〔証拠略〕によれば敞己は、原告五名の中川外科医院、国立呉病院などに対する治療費、交通費、入院中の牛乳代、新聞代およびテレビ借料、さらに医療用品代、めがね代、本件事故当時着用していた衣類の洗濯代、美登里の入院中の付添費、医師に対する謝礼などとして合計三五万四、八八五円を支出したことが認められる(紛失した梯子の弁償に要した費用および医師に対する謝礼のうち金六、二〇〇円を超える部分については本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない)。

2  休業補償

敞己は、礼子とともに本件事故当時一か月につき約一八万円の純益を得ていたが、右事故のためその後昭和四四年五月二六日までの一九か月間休業して三四二万の損害を被つたので、自己の該損害分として一七一万円の賠償を請求すると主張するので、この点につき検討することとする。

〔証拠略〕によれば、敞己は本件事故当時、呉市内において従業員約六名を使用して塗装業を営み、これにより原告五名が生計をたてていたこと、礼子は敞己の妻として家事に従事するほか右事業の事務関係を手伝つたり、多忙のときは現場に赴いて仕事を手伝うこともあつたが、それは家族の一員として無報酬でなされていたものであつて、右事業の経営者は敞己であつたこと、同人は本件事故のため、当初中川外科医院に入院し、さらに国立呉病院にも入院しなければならなくなつたので、右事業は倒産し、自己の居宅は債権者から競売され、借用していた事務所も明渡さなければならぬ羽目となり、本件事故時から昭和四四年九月ころまでおよび同年一二月から同四五年二月末ころまで右事業を休止しなければならなかつたことが認められる。

そこで、本件事故前の敞己、礼子の収入額について検討するに、公文書であるから〔証拠略〕によれば、昭和四二年一月から一〇月までの所得が一三〇万円(一か月平均一三万円)と記載されており、また原告本人敞己は一か月平均一六・七万円の収入があつたと供述している。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、前記甲第三二号証記載の確定申告をなした時期は本訴訟提起後である昭和四四年六月初めころであり、その税金は未だに納入していないこと、昭和四一年の確定申告は四七万円であること、原告車の割賦代金が昭和四二年六月から未払いとなつていること、昭和四二年五月五日に他の交通事故によつて敞己が受けた傷害の治療費二五万円が未払いになつていたため、前田から受領した賠償金をこれにあてたこと等が認められるのであり、右事実からすれば、前記甲第三二号証記載の内容の真実性については疑問を抱かざるを得ず、また原告敞己の供述もにわかに措信し難い。

ところで、〔証拠略〕によれば、本件事故の前年度である昭和四一年度における敞己の収入は年間四七万円であり、〔証拠略〕によれば、本件事故当時の敞己の収入は少くとも昭和四一年度の収入を下回ることはないことが認められるので、敞己が本件事故により休業せざるを得なかつた期間(二六か月間)の損害は金一〇一万八、三三三円と認めるのが相当である。

3  逸失利益

〔証拠略〕によれば、敞己、礼子は昭和四五年二月末ころ塗装業を再開し、現在では、一か月平均約一七万円の収入を得ていることが認められ、本件事故当時の収入が一六・七万円であつたと仮定しても、いずれにしても収入の減少は認められないから、逸失利益の請求は認めることができない。

4  〔証拠略〕によれば、敞己は本件事故によつて頭部外傷、頸椎捻挫などの傷害を負い、当初中川外科医院に入院し、その後昭和四三年一二月二三日から同四四年四月一〇日まで一〇九日間および同年一二月から同四五年一月にかけて約一五日間国立呉病院に入院するなど、治療に努めたが、頭痛、左半身知覚鈍麻、視力障害などの労災八級該当の後遺症を遺して、現在なお時々通院中であることなどが認められる。右事実に前記事情をも考慮すれば慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

5  自動車の損害

敞己は、本件事故当時原告車の残存価格は約五五万円であつたところ、本件事故によつて大破し、金二万円で売却したと主張し、その差額の賠償を求めるので、この点につき検討するに、〔証拠略〕によれば、敞己は、昭和四一年一〇月一三日原告車を約七〇万円で購入し、本件事故までに約一年間使用し、その間昭和四二年五月一五日に追突事故にあつたため、車両の取替え代として金二五万円を受領したが、結局その取替えをなさず、修理して使用していたこと、本件事故によつて原告車は大破し、二万円足らずの価値しか有しないものとなつたことが認められるのであり、右認定の事実にいわゆる定率法の減価償却率を参酌すると、本件事故によつて原告車を破損した結果敞己が被つた損害は少くとも金二〇万円と認めるのが相当である。

6  盆栽等の損害

敞己は本件事故が原因でその栽培、飼育する盆栽、鯉を失つたと主張するが、〔証拠略〕によると、敞己らは、妻礼子の両親とともに生活し、本件事故以前から礼子の母に家事の面倒をみてもらつていたことが認められるのであつて、原告らが本件事故により負傷入院中、盆栽、鯉の世話をするものが全くなかつたわけではないのであるから、仮に敞己が入院中盆栽、鯉を失つたとしても、そのことと本件事故との間に相当因果関係の存在を認めることは困難であり、右請求は失当である。

7  弁護士費用

〔証拠略〕によると、敞己が原告五名の本件訴訟手続を弁護士原田香留夫らに依頼した費用を負担する旨約束していることが認められ、本件認容金額、事案の内容などに照らし、本件事故と相当因果関係のある右弁護士費用は、全部で金八〇万円と認めるのが相当である。

(五)  礼子

1  休業補償、逸失利益

礼子は、敞己とともに塗装業を営んでいたことを前提として休業損害および逸矢利益の賠償を求めるが、礼子が右事業の経営者であつたと認められないことは前述のとおりであるから、礼子のこの点に関する請求はその前提事実を欠き失当であるというほかない。

2  慰藉料

〔証拠略〕によれば、礼子は本件事故によつて頸部捻挫、右膝部打撲傷の傷害を負い、昭和四二年一〇月二六日から同四三年二月一日まで九九日間入院し、同月二日から同年五月一八日まで通院(実通院日数六三日)して治療を受け、労災一二級の後遺症を遺していることなどが認められるのでこれに対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

六  被告前田は、敞己が本件事故当時原告車を運転中交差点において徐行義務を怠り、相当高速で進行していた過失があると主張し、これにそう被告前田の供述があるが、これはにわかに措信することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないので、過失相殺の抗弁は理由がない。

七  前田は、敞己に対して金三一万円を支払つたと主張し、うち金二八万円については前田、敞己間に争いがないが、残余の金三万円についてはこれを認めるに足りる証拠がない。よつて敞己の前記損害額から金二八万円を控除する。

八  よつて、原告らの請求のうち、前田に対して、百合子が金一五〇万円、美登里が金一八〇万円、真由美が金四五万円、敞己が金四〇九万三、二一八円、礼子が金一〇〇万円、およびこれらに対する本件訴状が前田に対して送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年四月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を容認し、前田に対するその余の請求および被告会社に対する請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹村寿 島田禮介 山森茂生)

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